花月先生のコメント (抜粋)

 

『海鳥の詩』は、成功した前例があるから、成功したという思いを崩すことが必要でした。レパートリーの1つであるので、演奏については大きな困難はないと思っていた、が、そういう曲に限って、予定調和になったり、前回を踏襲する恐れがあった。

しかし、今のメンバーで、今の花月真の切り口で、新しく演奏し直したいと思っていた。なので団員の中には細かくメモを取る人もいたが、毎回言うことが違って混乱したのではないかと思う。

料理と同じで、辛すぎたら少し塩を控えめにしたり。それが今回の新しい切り口を作るために必要なことだった。しかし皆さんはよく頑張ってついてきてくれた。良い演奏だったと思う。

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『終わりのない歌』は、上田真樹が新しい作曲技法を作ろうとして取り組んだ作品である。従来は音楽の中で説明的な部分は外したり簡略化したりして、説明的な部分と語り的なものを分けて作ったものであるが、上田真樹さんは、銀色夏生さんの語りの部分と歌の部分の両方を歌にしようと試みた。そのため全パート旋律を歌っているような曲である。それは理想的な曲作りの技法ではあるが、全てをメロディにすることによって、全体が長くなるという演奏上の困難さもついて回ることもある。

結果的に成功してはいるが、本来はメロディとメロディが重なり合ってハーモニーができるのである。ハーモニーまずありき、という音楽の作り方を僕はしない。なぜならハーモニーは音楽という果てしないものの中の、一つの道具でしかない。しかし歌で歌を作るというのは、目的と手段が一致している。歌で全てを表現しているのに、これを言葉で説明するということは矛盾しているが、あえて言葉で言うと、そういうことである。

そのため、指揮者は高度なテクニックを要するが、上手くできたと思うし、歌手の皆さんも上手く呼応してくれたと思う。今回の試みは良かったと思う。

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『二度とない人生だから』は、歌い慣れた定番曲なので、歌い慣れたということを排除して、あたかも初めて歌うような新鮮な曲にしたいと思った。しかし誰もが、これまでやってきたことを信じて、ここはこう歌うべきと思うので、まずはその既成概念を外すことからスタートした。「うまく歌わないで下さい」とか、「決め事は忘れて下さい」と言ったのは、そういうことからです。

クラシック音楽は再現芸術なので、同じことをするのであれば意味がありません。今までの私たちの歌でもなく、他団でもできる歌でもなく、今の私たちにできる最高の歌を目指した。そのためには、殻を脱ぎ捨てないと出来ない。それに少し手間取りました。何しろ皆さん、守らないといけない(と思っている)ことがいっぱいありましたから。ですが、この試みもうまく行ったと思います。ライブでやっているわけなので、「今の私の歌」が歌えなければ意味がない。

皆さん、「今の自分の歌」を歌って下さった。これは私がいつも言う「自分色で輝く」ということと合致します。多くの指揮者は歌手に同一性を求めます。でも私は自分色に輝けという。つまり同一性を求めていない。現に同一性を求めたことは一度もないと思います。(アンコールの歌の歌詞が、まさにそうです。”そのままでいい”)

全員が自分色の歌を歌う。そこでタクトを通じて同一性を作るのは指揮者の仕事です。これも技術的には高い能力が必要ですが、歌手も私も一生懸命やって、ある程度の成果があったと思います。結果的に演奏はお客様が評価するものですが、良い拍手がもらえてほっとしています。

皆さんのお陰で私の求めている音楽ができました。ありがとうございました。

(打ち上げにて)